日記 2025/05/31 ボーっとする。
天気:曇り メンタル:昨日より良好 普段から生活記録を書き留めていて、何時から何時まで、そのとき何をしていたかを書いているのだが、たぶん真面目というか偏屈過ぎてやったことを全部書き込もうとするがゆえに、「明確には何をしたとうまく説明できないこと」を避けるようになってしまった。なぜなら記録として「◯◯をした」と書けないから。 「やったことを書く」が転じて「書けないことはやらない」になってしまっていて本末転倒。気がつけただけでもマシだろうか。 例えば、ボーッとしてこれまでの人生を振り返るという時間もときには大事だ。「人生を振り返る」なんて大層な意味付けをしなくたってときにはボーっとするというだけの時間も大事だ。でも、記録表にボーっとしていたと書きたくないがあまりに(ボーっとすることにネガティブなイメージを持っている)、ボーっとできない。焦ってしまう。ボーっとするなんて時間を無駄にしたと後悔するのではないかと怖れる。かといって別のことをしたとしてもあまり楽しくなかったりするので、さらに焦ってしまう。 ここはひとまず、素直にボーっとすればいいのだと思う。ボーっとするにも勇気が必要。自分に気取られずにボーっとする。