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日記 2026/01/19

天気:晴れ メンタル:塞いでいる 元気がない。とにかく元気がない。助けてくれ~。 なんにもしたくないし、できないよ~。   

日記 2026/01/17

天気:晴れ メンタル:落ち着いている もう人生を終わりにしたい、という気持ちと、無理なく生計を立てられるすべをなんとかして見いだせないだろうかという気持ちがある。無理なく生計を立てられるすべをなんとかして見つける努力はギリギリなんとかできそうなのでしたい。死んでしまおうとするよりはそっちのほうが穏やかだし現実的だ。なんとかそちらの方向で生きていきたいとは思う。タイムリミットはいちおうないから落ち着いてやっていきたい。 でも、正直なところ、働いてまで生きていたくない。欲望もほぼまったくない。積極的になにかをしたいということもないし、好きということもない。欲しいものもないし、おいしいものを食べたいという気持ちもない。というか、働いてまでそれらを手に入れたくない。自分に無理を強いて働いて、それらを手に入れるくらいならば、そういうものを諦めるほうに気持ちがいく。 そこまでしてほしくはない。何かを欲しいという気持ちが最近全然わいてこない。 無理なく頑張るというのは、私にとってただ存在するということであって、働くことではない。私にとってはただ存在するということだけでも無理なく頑張るということのの輪郭ギリギリでやっていることだ。既存の「働く」ということは、私にとっては無理をするということだ。そうだとしたら、「働く」のほうを自分にとっての「無理のない範囲」まで変えていく必要がある。 でも、無理のない範囲で働けたとして、生きて、だからなんだというのだろうか。それはいったいなんのために生きているのだろうか。意味がないように思える。だとしたら、自分にとっての「生きる意味」も考えなくてはならない。そこから始めなくてはならない。

日記 2025/12/29 ブック・オブ・ザ・イヤー2025

天気:晴れ メンタル:鬱っぽいが昨日よりは動けている  今年読んだ本で印象に残った良かった本のうち、新刊既刊を問わず、小説を3つ、非小説を3つあげたいと思う。というか今年の本は全然読まなかった。それぞれの本について、個別に感想を書きたいところだけど、鬱で気持ちが重くて疲れてだるいので割愛したい。しいて言えば、「マジョリティがルールを作る世界の中において、マイノリティがマジョリティたちとは異なる生き方を模索し、試行錯誤する」というところに自分の興味があるのだろうと思った。ここに取り上げた6冊も、うっすらとそうしたテーマで繋がっているように思う。ただ、竹村和子『フェミニズム』は印象に残ったとはいいつつも、内容をあまり自分が理解できたとは言い難いので、ちょっと違うかもしれない。雑な括り方になってしまってすみません。括りたいというわけでもないですが。 マイノリティなりの生き方、あり方というところに自分自身の生き方も重ねて、自然とそういう視点で読書をしていたように思います。   -小説- ・マーダーボット・ダイアリー、マーサ・ウェルズ、中原尚哉訳 ・パン焼き魔法のモーナ、街を救う、T・キングフィッシャー、原島文世訳 ・ペナンブラ氏の24時間書店、ロビン・スローン、島村浩子訳 -非小説- ・庭の話、宇野常寛 ・香山哲のプロジェクト発酵記、香山哲 ・フェミニズム、竹村和子

日記 2025/12/28 ガチ鬱

天気:晴れ メンタル:鬱っぽいな すみません。今、緊急で日記を回しているのですが、ちょっとヤバい。今ガチで厳しい鬱が来ています。今年も終わりそうですが、ここにきて今年一番重度の鬱かもしれない。 今、本当になんにもできなくて、ちょっと頑張ろうと、せめてゲームくらいできるだろうと、Skyrimというゲームを最近数年ぶりに始めたので、今開いたんですけど、次になんのクエストをやろうかとか全然気持ちが湧かず、やりたくないんですよ。ひたすら持ち物の画面や、マップの画面、クエスト欄の一覧の画面をひたすらぼーっと眺めていました。そこからなにも始められない。ゲームも鬱で進められなくなってしまっている。 オーバーウォッチ2(オンラインのシューター)はほぼ毎日ちょっとずつできているんだけど、オフラインのRPGのような自分で物語を進めていくのができないですね。自分で何かを選び、自分でゴールを決めるということが本当にきつい。オーバーウォッチ2はルール、やることが決まっているし、デイリーチャレンジをこなすだけでも「やった感」が発生するけど、RPGは「やった感」を自分で設定して決めなくてはならないのがきつい。Skyrimは特に話が分かりづらいし、挙動がこれであっているのかバグでこうなっているのか分かりづらい。こんなもんでいいだろうというようなふうに考えられればいいのだが、あらゆることが自分で決められない感じ。本当は自分で決めていいだけどね。 上の話からは逸れるが、鬱とはちょっと関係のある話で、自分の中に「自分に都合のいい完璧主義」がある。自分にとって都合のいい完璧主義をかかげて、それができないって言っている。自分で恣意的にハードルを設けて「できないできない」と喚いている感じ。これが無意識に刷り込まれているから自分に対して「これくらいのことはできなくては」、「~しなきゃ」という気持ちをあらゆることにおいて考えてしまって、切羽詰まって自分で勝手にきつくなっているのだった。来年はこれが自覚できるようになれるとよい。自覚できると解呪につながるだろう。できればその場で自覚できるとその場の行動が気楽になるかも。 自分の中の規範的な部分をほぐせればいいね。

日記 2025/12/24

天気:雨 メンタル:鬱の感じが薄れて少し元気 最近、目覚まし時計をベッドではなく、デスクに置くようにしてから指定の時間通りに起きられるようになった。今までは目覚まし時計を3つセットしていたけど全てを律儀に無意識に止めて寝ていた。デスクに目覚まし時計を置いておくと否が応でも体を起こして時計を止めるから自然と目覚めるのだった。「なんかめんどうで嫌」という理由で今までデスクに置いてこなかったけど、置いたらとてもよかった。めんどうだからこそよかったのだ。めんどうにしてあるからこそ、機能することってあるよね。  『平家物語』を読み終えて『源氏物語』を読み始めたが、はるかに読みやすい。これは訳文がどうこうというより、固有名詞がはるかに少ないという理由だと思う。場面転換も少ないし。例えるならば『平家物語』 は台風のような文章で、『源氏物語』は小雨がずっと降り続いているような文章だ。『源氏物語』は読み始めたばかりだから、今後印象は変わるかもしれない。 『平家物語』は「平家にあらずは人にあらず」から始まり、「平家は人にあらず」で終わった。頼朝によって平家の血筋はすべて根絶やしにされて子供まで殺される最期は凄惨だった。筆者の目線が平家にも源氏にも肩入れせず、ただ語るという距離感だったからこそ、「この世はただただ虚しい」という感じが強調されていたのかもしれない。個人的には俊寛がよかった。俊寛は清盛に対してクーデターを企てて未遂に終わった一派の一人であり、のちに鬼界ヶ島に流罪にされた3人のうち、京に帰ることの叶わなかった1人。3人のうち2人は刑期の途中で帰るというか、恩赦が与えられ京に帰ることが許されるのだが、俊寛だけは死ぬまで帰ることができず、許されることがなかった。俊寛は恨みつらみを抱えて、悲嘆のうちに自害した。この人物の象徴的な最期は平家物語をいかにも象徴的に示しているように思えるのだった。  あと、平家物語の登場人物たちは、本当によく泣く。「袖を濡らす」とか「はらはら」(と泣く)という表現がことあるごとに出てくる。平家も源氏もメソメソ泣いてばかりである。人を斬られては泣き、人を斬っても泣き。こんなによく泣く物語だったとは思っていなかった。合戦をする話とばかり思っていたが、平家物語においては合戦というのはそれほど多くを占める要素ではなかった。もちろん合戦のシーンはあ...

日記 2025/12/09

天気:晴れ メンタル:ちょっとポジティブで中立 起こったことは起こったことだ。 やったことはやったこと。 元気に中立になろう。ずっと被害者ポジションに居着いてしまうのもよくないことだ。中立的にやることをやるのだ。 ポケモンレジェンズZAをプレイした。総じておもしろかったと言える。ポケモンSVのレイドバトルはターン制コマンドバトルと時間制限のあるルールがかみ合ってないように思えていた。なぜなら技のエフェクトが長いとそれだけ時間が無駄に消費されるし、コマンド選択も焦らせられている感じがあったからだ。そこがイライラポイントだった。 しかし、ZAになってターン制コマンドバトルが廃止されてゼノブレイドのようなアクションバトルになったことで、敵味方のアクションの同時性がプレイヤーにいい意味で焦らせることになっていてこれはこれで非常によかった変化だ。とはいえ、プレイヤーとポケモンが別個に存在しているわけで回避アクションが思ったようにいかないのがストレスと言えばストレスだった。技を回避しようと思って動かしたいのだが、そのへんの挙動が非常にもっさりしている。 余談だが、本作ではミアレシティは都市の再開発がテーマで、どうやら市長の一存でその再開発がクエーサー社という外資に任されるという状況なんだけど、本筋とは関係ないが、街のベンチが排除ベンチで嫌だった。プレイヤーが時間を朝から夜、夜から朝に飛ばす際に頻繁に目にするのでそのたびにミアレシティは排除ベンチなのかと思うと嫌な気分だった。こういうところは私は舞台のパリに排除ベンチがあるのかは知りませんが、本作の設定、都市の再開発、市長の一存で民間企業が再開発をするというところも含めて日本や東京っぽさを感じた。再開発、ジェントリフィケーションという感じが無意識に発動している感じも日本っぽいところがあるよね。 排除ベンチ自体も嫌だけど、排除ベンチがよくないものだとすら全く思っていない、その不勉強に対して嫌だと思う。街の再開発をテーマにするのだったら、せめてそのことくらい学んでほしかったし、排除ベンチを出すのならば、それによって困っている人が出てくるサイドクエストのひとつでも出したらどうなのだろうか。まあ、サイドクエストはやり残しているものがあるのであったらすみません。もしあったら教えて下さい。そういう意味性がいっさいなくただ排除ベンチを置くという...

日記 2025/11/29

天気:曇り メンタル:リラックスしている 小川哲『火星の女王』を読み終えた。読む前は小川哲の新作ということで非常に楽しみにしていた。以前読んだ『地図と拳』が非常におもしろかったからだ。だが、結論から言えば、本当に申し訳ないがまったくおもしろくなかった。私は家からはちょっと距離のある大型書店まで出向いてサイン本を手に入れたくらいにはかなり楽しみにしていたのでこの内容には非常に残念です。みなさんもぜひ買うなり図書館で借りるなどしてぜひ読んでみてほしい。そして感想をブログやBlueskyなどで書いてみてください。小川哲氏の次回作に期待したい。 読んだ人がわかればいいのでネタバレというほど仔細には書きませんが以下一応物語後半の内容を含む感想というかぼやき。おもしろくはないので読まなくていいです。『火星の女王』がおもしろくなかったというだけのことです。           地球と火星を舞台にした近未来の物語であるが、物語の世界のリアリティを裏打ちするだけのディテールがまったく不足しているように思う。説得力が感じられない。物語世界の規模自体も地球と火星という巨大な規模を感じられないほどの異常なまでのスケールの小ささである。『地図と拳』のほうがよっぽど物語世界の広さを感じられる。また、SFとしてもディテールが不足している。文章は丁寧で読んでいて理解できるのでなおさら説明不足が感じられた。SFという意味では最近読んだマーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー』のほうが設定としては『火星の女王』よりも格段に突拍子もないのだが、はるかに説得力がある。  リリが「応援団長」になったところであまりの展開に鼻白んでしまった。「大統領」の代わりに「応援団長」ってなんだよ。そのうえ、リリが「ファスターザンライト作戦」を指揮したあたりからおもしろくなさがどんどん増大していった。このあたりから物語を丸く終わらせようという感じがした。非常にがっかりだ。なにが一番悲しいって、『地図と拳』を生み出したあの小川哲が書いた結果がこれだということが悲しい。文章のすみずみまで丁寧に書かれている感じがするにもかかわらず、「この程度なのか…」という衝撃的なつまらなさだ。繰り返すようだけど「応援団長」のくだりはあまりの気恥ずかしさに思わず声に出して嘆いてしまう...