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日記 2025/02/25

天気:暖かい メンタル:躁っぽいかもしれない 体調はいいけど、落ち着かない感じ。 『Rise of Rebellion -地罰上らば竜の降る-』の体験版がリリースされたのでプレイした。ソウルライクのゲームはプレイしたことがなかったが、それでも2時間プレイしてかなりおもしろかった。クリアもできた。コマンドを覚える必要があるのと、方向指定パリィのタイミングの入力操作に慣れが必要だが、体験版のボスを倒す頃にはかなり上達しており、気持ちよくパリィができると気持ちがよかった。ジャスト回避は、FF16のクライヴの回避に似ていてスタイリッシュだった。技の一つの「居合抜刀」はかなりかっこよくて気に入った。鬼滅の善逸の霹靂一閃を彷彿とさせる。Steamのレビューはかなり不評が多い状態だが、価格次第ではあるがこれは充分買いだと思う。ストーリーも気になるが講談社のほうで漫画化しないだろうか。ポテンシャルはあると思う。「叛竜」というのもワードと石像しか出てこないがおもしろいし、もちろん、「地罰」の戦闘での戦略性もおもしろい。 INABA / SALASの新譜『ATOMIC CHIHUAHUA』を購入。今聴いている途中だがとてもいい。それはそれとして、アトミックチワワって、フォールアウト4に出てきそうだね。 これ多分、躁だと思うんだけど散財欲が湧いており、生活に全然必要ないんだけど、今ものすごくG-SHOCKが欲しい。G-SHOCKの2万くらいするモデルがあり、無性に欲しくなっている。いろいろなレビュー記事や、Youtubeでレビュー動画を漁っている。かっこいいよね。でも買っても過剰だからな~。買うだけ買って満足するってのも嫌だしな~。欲しいけどいらねえんだよなあ。 新聞に非正規雇用の人が孤独死を恐れて声掛けサービスを利用しているという話を読んだ。友人からも家族からも孤立して仕事だけのために仕事をしている人。他人事ではない。本来、生活の一部に仕事があって、他に余暇や学習などもあれば生きている実感があるだろうけど、生活ギリギリの給料でフルタイム働いているような、生活のために仕事をするのではなく、仕事のために生活を犠牲にせざるをえず「仕事のための暮らし」があるだけだと、生きている実感はどうしたって得られない。「死にたくもないがこれ以上生きていてなんになるのか」とときどき考える。そういう人がこの現...

日記 2025/02/20

天気:寒すぎる メンタル:元気   保育園児たちが寒い中を半袖半ズボンの体操着姿で道を歩いていた。 さすがに寒そうだった。   昨日からオーバーウォッチ2にてクイックマッチを13連敗中である。とにかくなにをしていいのかわからないなりに頑張ってはいるのだが、心のなかで責められている妄想を考えてしまってよくないので中断した。オーバーウォッチはなにをしたらいいのかが本当によくわからない。おもしろいけどもさ。    

日記 2025/02/19

天気:寒すぎ メンタル:鬱ではない   ゼノブレイドシリーズの声優陣は「おいおいおいおい、こんなに豪華だなんて本当に現実なのか~? このキャスト陣が一同に介す作品なんてもう二度とないくらいの奇跡なんじゃないの~」と思うくらい力が入っていると感じる。他のゲームやアニメにさして詳しいわけではないのでほかにもあるかもしれないが。私はゼノブレイドシリーズは奇跡みたいな作品だと思っている。作品の優劣の面は措くとして、私にとても刺さったのだった。

日記 2025/02/18

天気:晴れ メンタル:鬱ではない 今日は「鬱ではない」という良さがあった。私にとって精神の体調は必ずしも元気な状態が調子が安定しているわけではないので、鬱ではないときは鬱ではないという「~ではない」という否定形でしか言いようがない。元気過ぎると躁状態を警戒してしまうから「元気で楽しい」よりも「鬱ではないが退屈だ」くらいが精神的に程よい。 私は生活習慣がそれなりにあるのだが、翌日に悪い影響を及ぼさない範囲で、生活習慣をちょっと逸脱した悪いことがしたいといつも思っている。なので、ときどき普段の習慣では23時に寝るところを0時まで起きてみたりする。 100均で刺繍糸を買った。『テネット』に出てくるニールのストラップをアレンジして作りたいと思っている。 オーバーウォッチ2のプロの大会をここ最近観戦している。各チーム名や各プレイヤー名が個性があっていい味を出している。もし自分がプロゲーマーだったらどんな名前のチームでどんなプレイヤー名でやりたいかと考えるとおもしろい。 桜井政博さんのYoutubeを観てからというもの、架空のゲームを考えている。実際につくるわけではないのでいろいろと理想を考えている。加えて、その架空のゲームのノベライズがあったらどうだろうかとか、ゲーム実況者がいたとしたらどんなだろうかと考えている。

日記 2025/02/17

天気:暖かい メンタル:妥協 やっぱりある程度ゆるくてもいいからTODOリストは必要だ。「一日中何をしてもいい」という条件付けは、結局のところ「一日中全く何もしない」ということになってしまう。 今週は忙しいので憂鬱だが、あんまり暇なのも問題だ…。 駅前のグッズ屋にウテナのグッズが売っていたので思わず買った。影絵少女のチャーム。こおろぎさとみさんの声とアドリブっぽい演技は魅力的で好き。

日記 2025/02/16 ウテナ、みんな変。

天気:晴れ メンタル:まあまあ 昨日は完璧主義の悪いところがにじみ出ていた一日だったので、今日は中途半端でいることを仕方ないと思えるように意識して動いた。   ウテナを観ている。今11話。ウテナが負けてしまった。今までのさっぱりした性格から一転して、しつこかった。エヴァQでアヤナミレイ(仮称)にキレる碇シンジみたいな感じだった。 決闘のシーン、毎度のことだが大丈夫だとは思うんだけど、本物の剣でやり合っている上に、突く動作が多いので、血がドバドバとかグロ描写が突然出てこないかと気が気でない。 あと、姫宮アンシーがこわすぎる。あんなに独特なのに実際に存在しそうな性格というリアリティがなぜかある。何を考えているのかまったくわからない上に、表面上は決闘の勝者の言いなりというロールプレイに忠実なのがこわい。いったい何者なのだろうか。内面が一切描かれていないし。料理として「かき氷」でもてなしてあそこまで堂々としていられるのはすごいよ。 全然関係ないけど、薫幹がストップウォッチで測っているのはいったい何の時間なのだろうか。 西園寺、第一印象が姫宮をひっぱたいているから最悪なのに姫宮との交換日記というあまりにも清純なアイテムがときどき出てくるせいでなんだか純なやつに見えてくるというバグがある。退学で学校を出ていく際も交換日記を生徒会長を信頼して託しており(燃やされる)、素直でかわいそうだ。アンシーに対して一番まじめに恋心をいだいているのこいつだけじゃないか?(それはそれとして、支配欲が強いしキレると手が出るタイプなんだよな…)。 出てくるキャラがみんな変。

日記 2025/02/15

天気:晴れ メンタル:落ち着いている ウテナ、おもしろいけど話がよくわかんない。重要な情報がずっと伏せられ続けている。   一切、伏線なんかないすべてがわかりきった物語を書いてみようかな。   新しい情報を得続けるのは大事だけど、現状、自分が持っているものに満足するのもある程度大事だ。「常に新しいものを追い続けなくては」という強迫観念はよくない。同じ作品を何度観たっていいし、たとえそれが世間的には評判のよくない作品でも、気にすることはないのだ、実は。

日記 2025/02/12

天気:晴れ メンタル:ややよくなる X(旧Twitter)のアカウントを削除した。精神的に参ってしまうことがずいぶん前から多くなって見ないようにしていたのだが、アカウントがあること自体によって気が散る。FOMOという概念と近いかもしれない。見る手段がある状態で保留にしている感じが居心地が悪いので積極的に削除することにした。見ないからといってこの世からひどいことが起こらなかったことになるわけでもなく、ひどいニュースがなくなるわけでもないが、精神衛生を保つために必要なことだった。得られる情報というメリットと精神的にダメージを受けるデメリットを比較したとき、デメリットが上回ってしまった。これはBlueskyにも言えることだが、SNSで話はできない。議論はできない。SNSという極小の世界でいい大人たちが血眼になって言い争いしたり陰謀論を広めたりしている。そんな極小の世界に自分で自身の精神を傷つけ荒廃させていたのだと思うと実にくだらない。短文で話し合いができるわけがないということはつくづく思い知ったし、むしろ、人間の暴力的な性質を強化するばかりで悪い面が目立つ。 余談だが、現代のテクノロジーが人々それぞれに最適化された広告を読ませることをいかにうまくやれるかというところにリソースを割いているのは端的に悲しくならないだろうか。私はとても悲しい。それがテクノロジーが真っ先にやることでいいのだろうか。世界一の億万長者がすることなのか。この世には貧困にしろ格差にしろいくらでも優先するべき問題がほかにあると思う。 小説の登場人物がときどき「口をぱくぱくさせて」いることがあるが、現実で口をぱくぱくさせている人を見たことがないので、こういう描写がされたときにうまくイメージができず、代わりに池の水面で口を開いている鯉を思い浮かべている。 本をなにかの役に立つものとして読まないようにしたい。おもしろいから読みたい。なんのために読むのかではなく、それ自体を目的として読む。 目的を果たすための手段として読むと、予期した目的を果たせなかったときにがっかりすることになる。 朝起きるコツをつかんだ。朝起きようと思ったら、起きようとするのでなく、目的を一つ先に作る。「起きたい」と思ったら、「起きよう」ではなく、「水を飲もう」、「トイレに行こう」といった本来の目的(「起きよう」)の行動の一つ先を目的にする。...

日記 2025/02/11

  天気:晴れ メンタル:どん底 ノルマでいろいろをこなしていく生活に限界が来た。うつ状態が強くなり、生きる気持ちがなくなっていっている。消し飛んでいく。 「〇〇をしたい」と思ったときに、「それをしてなんになるんだ?」「それで、なんの意味があるんだ?」というツッコミを自分にしてしまう。私はそのツッコミに言い返せなくて、結果的になにもできなくなってしまう。今すぐ死ぬ理由はないが、生きる意味もわからない。ツッコミは「生きてどうするんだ?」「生きたところでいったいなんになる?」とツッコんでくる。私は「確かにそうかもしれない」と思ってしまった時点で敗北している。そんな今日みたいな日は、一日なにもできず、とにかくひたすら寝ている。ダラダラとスマホを見るでもない。本当に寝ている。心はフル稼働していて、いつかどこかの記憶を反芻していて、もっとうまく行動できたんじゃないか、とか、本当はどうすればよかったか、とか、考えている。数時間が経って起きる。トイレに行きたくて体を起こそうとするが、体を起こせない。どうしても体が動かない。とても重い。身体に意志を気取られてはいけない。それとなく、動く気もない。“にもかかわらず”、起き上がる。この、“にもかかわらず”という文脈に鍵が、ヒントがあると思う。とくに強くしたいと思っているわけではない。にもかかわらず、ふいにしてしまう。そんな感じ。「やるぞ!」と意気込むと一切体が動かない。にもかかわらず、する。そこに意志はなく、意気込みはない。 というわけで今日は何もしなかった。日中もずっと眠っていた。ごく短い起きていた間もずっと虚無の気持ちに覆いつくされてしまって、なんにも意味なんかない。することはない、と心が落ち込んでばかりいた。でも、死ぬべきは私ではないし、変わるべきは政治だと思うんですよ。あるいは、社会に蔓延しているよくない常識とか、風潮とか。決して私ではない。安易に自省してはいけない、と最近思うようになった。なにかトラブったとき、考えが合わなかったとき、間違えたのは自分かもしれないけど、当然自分ではないかもしれない。それを吟味せずにすべて自分が間違えていたことにして反省してしまうと自分がなくなってしまう。切り崩すべきでない部分を切断しないほうがいい。慎重に考えるべきだ。

日記 2025/02/10 少女革命ウテナ観てます。

天気:晴れ メンタル:やや寝不足 少女革命ウテナを観ている。非常におもしろい。カレーの回が非常に秀逸。今、第8話まで観た。姫宮アンシーは一見おっとりしていて物静かだがもしかしたら実はすっごく性格が悪いやつなんじゃないか? という気がしている。エンゲージ相手の言いなりにならなくてはいけないことを理由に平気で残酷なことをやってのけられる切断力がある。感覚的に性格が悪いやつの動きをしている。とはいえ、出てくるキャラがよってたかって姫宮アンシーをひっぱたくのでそれはさすがに不憫ではある。 決闘で花嫁を奪い合うとか、女同士とか、チュチュとか、水星の魔女は、モチーフのいくつかを少女革命ウテナに由来しているのだと気がついてウテナすげーと思った。 絶対・運命・黙示録

日記 2025/02/08

天気:晴れ メンタル:元気 人は自分の考えを持って生きるほうがいいというのが(その考えがなんであれ)自分の生きるうえでの指針になっているのだが、もしあらゆる事態に臨機応変に対応できる人間というのがいたとしたらその人は完全に自分の考えというものを持ち合わせていないかもしれない。その代わり、あらゆる現象に対して完全に適応する人間なのだ。 一般的な自分の考えを持った人間は先手を打って自分なりに行動できるが場合によっては間違えてしまうこともある。人は間違いから考えを軌道修正しつつ生きている。ブラック企業が求めているのは自分の考え(という名の企業の考え)を完全に内面化していて、なおかつ先手を取ることができ、すべての事態に完全に(事前に)臨機応変に適応できる失敗しない人材である、というところまで妄想した。 世の中のブラック企業によってはブラックになりたくてなってるわけじゃなくて、もうそういう完璧超人が社内に何人もいないともう現場が回っていかないんだと思う。そういう状況に追い込まれている。私みたいな軟弱者はどんどん辞めていき、適応できた人だけが会社に残るため、社内環境がグツグツと煮詰まっていって人の多様性がなくなっていく。そうして考えが強化されていくのだ。 オーバーウォッチ2でアンランク・マッチを久しぶりにプレイした。単独で敵陣に突っ込んでは死んでいくタンクがいて、ちょっと他責思考になった。 相変わらず心の余裕がなくせわしない。もう夜なのが信じられない。

日記 2025/02/07

天気:晴れ メンタル:元気 毎日の生活リズムがきちんと守れている。守れているので最近は体はすこぶる元気だ。だが、きちんと守れているゆえに、もっとまとまった時間を読書なり文章を書くなりにもっと没頭したいと思うのだが、タイムリミットでもうふとんに入らなくてはならない。 最近は一つのことに時間をかけて集中し続けることが難しく、細切れになっており、気が散っている。もっとひどく気が散っていた時期もあったのでそれに比べればだいぶマシではあるのだが、欲深いので、できればできるだけ、もっともっと、と更に深みを求めてしまうのだった。 もっとうまくやれる、という言葉はある種の縛りの言葉だな。私は身の程を知るべきだ。とはいえ、なんか不完全燃焼だなあ、という念を抱きながら、最近は毎晩横になって考えているうちに眠ってしまう。そして、いつのまにか、朝になり、「よし、今日こそはうまく頑張るぞ」と意気込むのだが、強い意気込みと裏腹にモチベーションは下手くそな紙飛行機のように飛ばすとまたたく間にふらふらと落ちていくのだった。 複数冊の本を並行して読んでいるのだが、一冊を一度に十分も読み続けられたら御の字という状態。これはまじできつい。難しい文章はなかなか頭に入ってこなくて何度も同じ行を読んでいたりする。文章が頭に入ってこないというか、小説にしろ、一般向けの人文書などにしろ、今までどうやって本を読んでいたのだろうか。本を読んでいるとき頭の中でいったいどんなことが起きているのだろうか。小説を読んでいて必ずしも映像が浮かぶって感じでもない。ボヤボヤっとした輪郭のゆらいだ映像がせいぜいだ。頭の中での文章の処理で疲れてしまって全然読めないのだろうか。これは難しい問題だ。 でもまあいろいろ考えていても埒が明かないので付き合っていくしかない。考えつつだましだましだ。

日記 2025/02/05

天気:晴れ メンタル:まあまあ 大人になってすこしだけわかったことだが、まったく一般論ではないが、ある限られた場面では清水の舞台から飛ぶ勇気、落ちる覚悟を持ったものだけが着地できる足場がある。飛ぶ前にはそんな足場があるということはわからないし、そんな足場があるなんて全然思えない。でも、飛んだ者だけがその足場を見つける(ことがある)。もしかしたら、本当にそんな足場なんてなくて落ちるしかないときもある。飛ぶ前は本当にわからない。でも、着地できるのは、飛んだ者だけなのだ。切羽詰まったほうがいいとかそういうのではまったくない。人生はどんな場面でも焦らないほうがいいに決まっている。ただ、ある特定のポイントにおいては、いつもいつも事前に着地できる足場を確認してから安全に飛べることばかりではないということだ。そういうときは、直感に任せて飛ぶか、飛ばないか、自分で決めるしかない。もし飛ばずに、もしそのことであとで後悔したってべつにいいじゃないか。後悔も人生の味。

日記 2025/02/03 虚しさ Part 2

天気:雨 メンタル:ふんばっている なにをやってもいちいち、いちゃもんをつけてくる自分が常に自分の隣にいて、あらゆることを虚しくさせる。あらゆることに無意味性を付与するという感じ。このいちゃもんをつける自分は極度に資本主義的生産性を内面化した自分で、自分がこの世界でもっとも嫌うものだ。金になる物事しか存在を認めず、それ以外をいっさいムダと切り捨てる。最終的に行き着く先は、死だ。なので、虚しさが極まってくるととても死にたくなってくる。生きる気力が潰えていく。 「お前が生きることにいったいなんの意味がある?」と虚無の自分が耳元で囁いている。対抗手段はある。 そんなときは、すべてを記述する。虚しさについて、どんな気持ちか、どういう言葉を虚しさが投げかけてくるか、それに対して自分はどうしたいのか、などなど。すべてを書いていると、実は「思う」ということの主導権がいつの間にやらこちらに移っていることに気がつく。気がついてしまえばこちらのもので、 「虚しさの顔面に飛び膝蹴りとグーパンチ1000連発をおみまいすると、虚しさはみるみるうちにしぼんでアリほどの大きさになってしまいました」 などと書けば、気分も上がるし、虚しさは和らぐ。 虚しさをいっさい感じなくなることはないだろう。それはそれで不健全な気もするし。でも、一時的に効力を弱め、虚しさのあまり何もすることができないという状況から逃れることはできる。

日記 2025/02/02 虚しさ Part 1

天気:雨 メンタル:とても悪い 今日はとても体調が悪い。視野が狭くなっているのがわかる。絶望的な気分だ。虚しさにまとわりつかれている。 私:「この小説、おもしろい!」 虚しさ:「だったらなんだっていうんだ? お前は役に立ちもしないのに」 私:「このアニメ、おもしろいなー!」 虚しさ:「だったらなんだっていうんだ? お前になんの意味がある?」 私:「こ、この小説、お、おもしろいけど、役に立つわけではないなー…」 虚しさ「だったら、なんで読むんだ? こんなふうに生きてなんの意味がある?」