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日記 2025/09/23 10月の目標

天気:晴れ、ちょっと涼しい メンタル:徹夜したわりにポジティブ、ハイでもないし 10月の目標。 「自分の心を掘り下げるために自分に日頃からインタビューをしよう。紙にメモをするのを忘れずに」 眠いのでねます。

日記 2025/08/23 9月の目標

天気:竈、開 メンタル:まあまあ元気 9月の目標。 「自分に対しても、他人と接するときと同じくらい丁寧に接しよう」

日記 2025/08/19 極北へ

天気:晴れ メンタル:落ち着いている マーセル・セローの『極北』にこんな一節がある。 「まわりのすべてが崩壊してしまったとき、人をまっすぐ立たせておいてくれるのは、決まった習慣だ」(p.43、村上春樹訳、中公文庫) 暗い鬱の霧に覆われた私の二十代を救ってくれたのは間違いなく習慣だった。規則正しい習慣を作っていくことが、私を鬱の長いトンネルから抜け出させてくれた。寝てばかりの私を立たせたのは規則正しい習慣だった。 三十代になって、いざ働くぞと奮い立ったものの、あっけなく失敗した。たしかに、習慣は人を立たせておいてくれるが、歩かせてはくれない。歩く方向を指し示してもくれない。歩くのは自分だ。歩く方向を決めるのも自分だ。あるいは自分の中のなにかだ。私は人並みに働けるようになることそれ自体を目的に頑張ってきたから、いざ復帰できたときに行き詰まってしまった。人生の目的がなくなったからだ。立てるようになることを目的にして立てるようにはなった。だが、その先は…? どこへ行く…? 歩く? でもどうやって…? まったく考えていなかった。そう、立ったならば歩かなくてはならない。だが、私は歩くことはまだできないようだった。そもそもどこへ行けばいいというのか? なぜ歩くことができないのかというと、「いったいなんのために生きるのか」という目的がないからだ。精神のそういうものを司る部分が今は朽ちている、錆びている、そういう感覚がある。ぽっかり穴が空いていて空洞。だから、私は今、欲することを欲している。これはただの欲ではなくて、持続的な「衝動」とでも呼べるようなものだ。一瞬の花火のようなものではなく、こんこんと湧き出る泉のような。 私は静かに息をひそめて待っている。いろいろなことを試しながら待っている。自分の中に衝動が萌すときを待っている。なんでもいい。「これがしてみたい」、「あれをどうしても手に入れたい」、そういった心の中の自分でも手に負えないような深い欲望が目を覚ますのを待っている。

日記 2025/07/31

天気:晴れ メンタル:疲労を回復させることに努めたい気持ち こんにちは。『四季』プロデューサーの拾井です。 みなさん7月は楽しんでいただけたでしょうか? 7月は四季の一つである「夏」に注目して、夏ならではの遊びをお楽しみいただけるよう開発いたしました。6月の「夏」のアーリーアクセスで皆様からいただいたフィードバックを踏まえつつ好評をいただいた点を強化してリリースいたしました。この度はありがたいことに全世界での「夏」のプレイ人口が100%を達成いたしました。まことにありがとうございます。 8月のアップデートでは、「パニッシュメント・アップデート」と題して、この「夏」をさらにお楽しみいただけるようにより楽しくよりハードなアップデートを行います。詳しくは以下をご覧ください。 ・平均気温、及び湿度のさらなる上昇。 …平均気温、湿度をさらに上昇させることで、衣服、装備、スタミナ管理などの戦略性が増します。水分補給や、食事の栄養バランスの管理がさらに重要になります。 今後とも、人生専用ソフト『四季』をお楽しみいただけるよう開発チーム一丸となって頑張ってまいります。また、今後のさらなるアップデートもお楽しみに。続報をお待ちください。

日記 2025/07/21

天気:晴れ メンタル:普通 メンタルが最近はずっと普通である。感謝。ニュートラルによい。よすぎもしないというのがよい。とても落ち着いているし、不意のできごとに対しても比較的冷静である。一日一日を大切に過ごすためには、習慣を守ることが重要なことのひとつなのだと実感した最近だった。こうして書いてみれば当たり前のことだし頭では理解できるが、実際に実践できるくらい腑に落ちるほどに理解するのは難しいことだ。

日記 2025/07/02 ただいま

天気:晴れ メンタル:元気になってきた 最近、お風呂に入るのがめんどうじゃなくなってきたと思った。私は働き始めてからずっと、お風呂に入ることがつねづね億劫に感じていた。もちろん毎日入ってはいた。でも、本当にただただめんどうで、お風呂が心に重くのしかかる日々の習慣に成り下がってしまっていた。働く前は「お風呂好き」だったのにもかかわらず。 それが、ようやくお風呂への苦手意識、めんどう意識がなくなってきた。今思えば、退職して1年弱経つのだ。私はつらい職場を離れてお風呂に負荷を感じずに入れるようになるまでに回復するのに1年かかった。長かった。ようやくここまで戻ってこられた。

日記 2025/06/25 大雑把にやってみよう。

天気:雨 メンタル:立ち直りかけ ジークアクス最終話を観た。個人的にはよかった。 選択のメカニズムについて考えてみたい。今日は予定が何もなくて暇なのだが、こうして文章を書くことを除いて他のことにあまり手が付けられていない。私の中の「完璧主義」が悪さをしていて、「やるからにはちゃんとやり遂げたい」という意識がうっすらあり、なにかにつけて「完璧」にはできない理由を見出してしまうから行動を選択できないのだと思う。 例えば「楽しまなければならない」という表現は矛盾しているよね。「楽しむ」というのは自発的なものだが、「~しなければならない」というのは自発とは反対のものだ。自発的な行動を自らに強いるというのはいささか奇妙な言い方だが、「せっかくだから楽しまなきゃ」という気持ちはわりあい自然なものだ。そういうシチュエーションはけっこうあると思う。 「やるからには楽しまなくては…」という思考を下支えしているのは「完璧主義」だ。 でも「完璧主義」とは言っても、どこまでも完璧主義なわけではない。ここまで辿り着いたら良しとする自分の中の基準がある。 つまり自分が良しとする見えないボーダーが存在することを認める必要がある。 そして、そのボーダーから意図的に逸脱してみる。 あえて、手を抜く。誤解を怖れずに言えば、雑にやる。大雑把にやってみよう。重要なのは、大雑把にやったらそのままにするということだ。この大雑把にしたままでいるというのは意外と耐えるのがきつそうだと思う。何かしら調整の手を加えたくなってしまうと思う。 今後の目標は、「大雑把にやる」。