日記 2025/04/01

天気:雨
メンタル:普通 

今さらであるのだが、孤独に苦しんでいる。単に「今」友人がいなくて孤独に苦しんでいるということに限った話ではない。私は30数年生きてきてほとんど友人を作ることがなかった。それは私が致命的に歪んだ考え方を持っていたからだ。今はその歪んだ考え方を改めようと試みているが、長年こびりついてしまった歪みを払拭するのにとても苦戦している。

その歪んだ考え方というのは「友人を必要とすることは人として未熟だ」という考え方だ。子供の頃のいつごろからかそういうふうに思うようになっていた。友人がいるということが自分にとってはあたかも弱みを握られているかのような感じもした。そして、さらにひどいことに友人を必要とすることは人として未熟だと思うことが、次第に孤独に耐えられている自分は人として強く、成熟できつつあるのだと思うようになっていた。もちろん、そんなはずはなく、私は大学4年になるととうとう孤独に耐えられなくなり、鬱状態を悪化させ、1年間休学することとなる。

高校生の頃、教育実習生が言った「高校時代の友人は一生物になるよ」という言葉を冷めた態度でバカにして聞いていた自分を覚えている。自分の頬をひっぱたいてやりたい。目を覚ませ。教育実習生の言った言葉が本当かどうか、私にはもう確認のしようがないのだが、少なくともいつのときも友人は大事だ。私には友人がおらず、きっとこれからもいない状態が続くだろう。少なくともいきなり友人ができるということはないから、これからも苦戦し続けると思う。ときには孤独に耐えられず鬱状態になってしまうときもあるかもしれない。ときにはそういう期間も起こり得るだろう。何がいいたいかと言うと、友人という関係性が一人でもつながりがあるということはいいことだということです。

人生において孤独な時間は確かに必要だ。だが、常に孤独を選ばざるを得ない、いわゆる「孤立」は、私のように人生を非常に苦しくしてしまう。友人関係に限らず緩いつながりでもあるだけで精神的に風通しが良いだろう。

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